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遠雷だ。いや遠雷ではない。今は冬だ。遠雷は夏の季語だ。

でも確かにはっきりとそのような何かが。

眩暈は遠雷と似ている。違うか。

師走、ケーキとチキンを食べるイベントが終わり世の中の意識が一直線にお正月に向かい始める頃、私は眩暈に襲われた。

その結果3日も休むことになり、入るはずの給料が13550円飛んだ。体調が悪くても無理をして出勤するのが当たり前で、熱があっても計らなければ無いのと同じで、仮にどうしても休まざるを得ないとしても1日が限度だろうとずっと思っていた。というかそれくらいの覚悟でやってきた。ここに入る時、甘えを完全に捨てると。

しかしマネージャーは私をよく見ている。

私の性格も、それに伴う仕事の仕方も。(実際そのような事を電話で言われた)

それがわかっているから今日も明日も無理せずゆっくり休んでと言ってくれたのだろう。

OFCのAさんも私の働きを見ていてくれたらしく、先日本部の方からお褒めの言葉を頂戴した。

 

人それぞれ何に幸せを感じるか、何が人生において最も大切か、価値観や感じ方は様々だ。

誰が何を言おうと自分が自分に、自分の毎日に満足していれば、充実感や達成感を日々感じることが出来ていれば、それで問題ないのだと気づく。

まだ生活の他の面でもう少しここを頑張りたいとか意識を集中したいと思う部分もたくさんあるけれど、つまりそれはちゃんと前を向いて生きようとしているということで、それによって人類にとっての大きな敵 "虚無感" から解放されているのだと思う。

 

ね、大丈夫なんです。

どんな思い掛けない出来事が起こるか、それは生きてみないとわからないし、待ってるだけじゃダメ、行動に移さなければ何も変わっていかないことも多いわけで、だから私は挑戦し続ける。

 

曖昧に逸れる

最近紅茶ばかり飲んでいる。

幼い頃から父が紅茶を好んで毎日飲むのを見て育ったのもあり、元から好きだったのもあるけれど、コーヒーも大好きだった私が近頃やたらと紅茶ばかり飲んでいるのはコーヒーより少し胃に優しい気がするから。

それはこの1年にも言えることで、きっと去年よりは自分に対して優しくなれている、と思う。

自分に厳しく人に甘いけれどそれはあんまり悪いことだとは思っていなくてむしろ人に厳しく当たって傷つけてしまうよりはずっといいんじゃないかな。

とにかく平和主義。

今までずっとそうだったし、これからもずっとそう。

眠いね。もう眠ってしまいたい。

今日何度目かわからない紅茶を入れる。

きっとこの1杯も私にささやかな幸せを与えてくれる。

至福の時間。

人生でゆっくりお茶するひとときをこれからも大切にしていきたい。

誰にも邪魔されない、私だけの静かな喫茶店

Judgement

10代は 数えきれないくらい

落ち込んで そして同じように

メモにでも 書き残せる程

喜べる出来事もあったけど

(globe)

 

止まったままの14冊目の日記帳、あれから4年半以上が過ぎて、今日は友人と8時間以上も通話した。4年前、私達はまだ知り合ってさえいなかったかもしれない。逆にあの頃毎日のように顔を合わせてよく一緒にお茶したりしていた友人とは、ほぼ連絡が取れなくなっている。人の縁というのは不思議なようで案外単純なものなのかもしれない。

人と人との縁に限らず世の中はなんでも、なんとかなっていくものもあるし、どうやってもどうにもならないものもあるし。

 

こんな私も今月34歳になった。

まあ見た目にはその年齢には見えないとは言われるし、いろいろダメダメだけどとりあえずは生きている。

20代後半に悪あがきしていた頃よりは今の方がずっと楽だよ。自分は自分だなぁと思ってるから、前みたいに人と比べて激しく落ち込むというのはほとんどなくなった気がする。そりゃあ同級生や友人が3児のママとか言われると、やっぱり一瞬は、あぁ…私は何をやってるんだろう…とはなるけど、でもこればっかりはどうしようもないし。

この先もまたどうなっていくかわからない。いつまでも逃げ回っているわけにもいかないしゆるくでもいいから覚悟を決めよう。

私はいつでも死ねるし死ねないし。

考え過ぎないことが大事。

 

 

33才の夏休みもあと3日

今年の夏も去年と変わらず、否、去年の方が今よりもっと追い詰められていたかもしれないな。それでもなんとかしなきゃと必死だったし東京に行って出来るだけのことはしたつもり。凄くしんどかったけど。

あれから一年経って何か少しでも変わることができているのか、成長できているのかと問われたら私は上手く答えることができないように思う。

あれから冬にもまた東京へ行って派遣で働いたりもしたけれど、そんなに頑張れたというほどのものでもなかった。もちろん、新しい一歩を踏み出してチャレンジできたことは自分にとってそこそこの自信には繋がったけども。夏にできなかったことを冬に達成できたのだから、それはたとえほんの少しの経験であったとしてもワンステップ前に進めたということ。

それを考えるとそんなに情けない私ばかりでもなくて、でも現状はどう?って考えた時に、あー…今はこんなだな…と落ち込んでしまうことが多々ある。

そんなに焦る必要もないのか、いや焦るべきなのか、周りはいろいろなことを言う。様々な意見。アドバイス

何が正しい?私はどうすればいい?何が最適解?

ずっとずっと考えている。もちろん考えているだけでは何も進まないからそれなりに行動にも起こしているつもりだけども。

それでもうまく物事が進んでいかない時というのは確かにあるもので、今までにもたくさんそういう試され続ける日々はあった。

余計なプライドは捨てた方がいい。最近は自分の中からそんな声も聞こえてくる。難しいことではあるけれど、長い目で見ればそんなものに執着している方がずっとしんどいに決まっている。だからと言ってすぐに捨てることのできるものでもないが…。

昨日、伸ばし続けた髪を25cm以上バッサリ切ったのも私にとっては大きな変化のひとつとなった。

きっと簡単にはいかないだろうけれど、軽くなった髪のように、深く考え過ぎず悩み過ぎずこの先の日々の計画を立てていきたい。

黒く重たいこのリボン

やっと10月。9月は長かった、ような、気が。

東京から帰って来たのが9月の最初って考えるとやっぱりすごく長かった。かなり、疲れた。

しんどいよね。なんでだろう。考えて解決することばかりじゃないの、わかってるよ。しかも私はこんなことが言いたいんじゃないよ。

最近あんまり眠剤効かないなぁ。なんで。

月曜日はやっとやっとの病院だー。今回は2週間ずっとしんどくて早く行きたかった。シンドイデス……ただそれを伝えるために。ドウスレバイイデスカ……って意味あるん?

カウンセリング久しぶりに受けようかなアーと思いつつもなかなかその気になれないというか。疲れるし。

でもね全部まとめて明日なんかいらない。

だけど心臓が動くから脳が働くから細胞が死なないから、私達は次もその次もそのまた次もすべてを終わらせることができずに同じ地上に立ってるね。

 

心の救急箱を作る。中身は自由だよ。

でもそもそも心が素直になってないと救急箱開けたってハーンとしか思わないの。どうしますか。

でもでもってそういうのはもういいよ、ちょっとでも進めたら良いナって本当はそう思ってるでしょ、ね、だからやっていくの。

がんばります。

 

前髪を切った。ただ横と後ろだけはザーザーと川の流れのように伸びていく。

美容院いつ行こうかな。それは生命活動?

もうわからない わかんない 寝たい 早く 私は眠りたい。

ルービンシュタインショパン ピアノ協奏曲 第1番を延々と聴いてる。

サッサと鬱になって寝よっ。

iPhoneにも薬ケースにも救いはない。

早く、早くしてね。早くこの夜を終えてしまいたいので。

でもきっと10月はまーまぁ楽しいはずだよ。

Dead or Alive.

 

why I have to scream

また逃亡しようとしている。

何の意味があるのかな。何が解決されるわけでもないよねきっと。

以前ほど過去に固執しなくなったけどだからと言って前を向いて行きましょうともなっていないしいつ終わるのかなこんな私は。

私は。命は。すべては。

毎月逃げてるじゃん、甘えですか。甘ったれですか。もっと頑張れですか。

でも頑張ったって機嫌の悪さバラ蒔かれて理不尽なことばっか爆発する。

そんなのでも耐えて生きていくしかないのかなーぜーんぜんわからないね。

全部自己責任って言うんでしょ。

何一つ期待してはダメこの世の中では。

 

昔から肩書きを人一倍気にしていたクセにこんな醜態晒してまあ平気になった方が楽なんですかねぇ。

ああは成りたくないとかエラそうに何言ってんだどこ見てんだって思うよ。今となっては。

別に自分のことが嫌いなわけでもないけどどうしても許される許されないの視点で考えてしまう。それは誰が決めるのか。

 

本当は全部わかってるから泣くんだろうね。

マイナスな感情だけで泣いてるわけじゃないって知っていてくれるのは私自身ともうひとり。

 

tanasinnを感じる

昨日の日記はちょっと撤回したい気持ちになった今日だった。

それぞれ事情があるのだし、きっと本人も気づいてる。

それよりも。

 

さっき手帳を見返していたら3月とか4月とか5月とか週5〜6は当たり前にシフト入ってて合間の休みで1日かけて病院行って疲れ切ってまた働いて…ってこんなにやってきたのにこれか。

弱くなってしまったらお払い箱か。

こんな扱いしかされないんだね、この世の中ならそれも当たり前のことなのになんで忘れてたんだろう。

 

だけど、私は私は!って自分のつらさばかり主張したくないからさ、ちゃんと違うところで救われるよ。

生きるのは思い通りにならないことの方が圧倒的に多いかもしれないけど大丈夫だよって思うことにするよ。

優しい優しいってそれ本当に優しいのかなってよく考えたらただの嫌われ恐怖じゃそれは私がなりたかった優しいとは違うんだ。

 

少しずつ慣れてきたよ。

まだ恐怖心や怒りが襲ってくることも度々あるけど。人を責めたくないしまして嫌いになんてなりたくないのにね。

不可能か綺麗事か。でも人を憎むって無駄なエネルギーでしかないと思うから早く消したい。カーテン開けられないけど。

 

捻くれたくもなくて腐りたくもなくて悪感情も抱きたくなくてだからたくさんのものを処分するね。

人は人なんだもの。

どんな日があってもいいよ、と思ってやっていく。