銀の匙を投げない
療養としてのお休みをいただいてから3週間になる。
荒みまくってトゲトゲだった心はだいぶなめらかになってきた。
余力があるので家事や料理などを積極的に行うこともできている。
ただ鬱とイライラザワザワは治らない。
薬も効かないしそこは難しい。
大金を投じれば治ると保証されていればいくらだって出すけど残念ながらお金で完治はしない。
しかし絶望している場合でもない。
自分なりの上手く付き合っていくコツを掴むしかない。
コツを掴めばなんとかなることもあるはず。
諦めてしまうと結局自分がずっとしんどい毎日を送らなければならなくなってしまうし、ならば諦めないで根気強く上手なかわし方を探して見つけていく方が絶対に得策。
できないはずはない。きっと、必ずできる。
私にはぜひ頑張ってほしい。
20年間培ってきたもの、コツコツ積み上げてきたものはそう簡単には崩れないと先日気づいた。
5年かそこらのブランクでダメになってしまったりすっかり忘れてしまうようなそんな軽いものではない。
これからまたやっていく。
そう決めた。固く決心した。
そう思えるようになると途端に未来が明るい。
結局カギはそこにしかない、ずっとわかっていたけれどどうしても心がついてこなかったし苦しい時は拒否感が大きな壁のように立ちはだかっていた。
しかし雪が溶けるように少しずつ冷えすぎた心も溶かされていくものだなと思う。
それをどんなに待ち望んでいたか。
だから私は今とても嬉しいし感謝の念でいっぱい。
午前5時、今日のスタートラインに立つ。
モーニンググローリー
肩くらいまで髪切ろうかな。
前回ウルフにしたので上半分くらいは肩ギリギリかもう少し短い。
切ってしばらくはそれすらもつらかったんだけど。
肩より短くなんてたぶん6年くらいしてない。
半分は胸上くらいまであるのに半分が肩より上までしかないということがショックだった、自分でウルフにしたいと思ってしたくせに。
なぜ今日もまた4時なんだろ。
あと1時間で早起きの人は起きるよ。
出勤が早い人なんかは起きるよ。
別にもういいやと思って何か食べたりしている。
たぶん今日は眠れないわけじゃなくて眠いし眠れそうな気がするけど、それ以上にお腹がすいたの…。
電池が切れそう…私の。
ものすごくつらがっていた事も、ほんの少し視点を変えるとなぜあんなにつらくなっていたのだろうと思うし、そこが安定していないというか。
安定にも収入的な安定とか(仕事)立場的な安定とか(結婚など)いろいろあるけど精神的な安定がないと他の安定を手に入れても上手く維持できなかったりして、だけどすべては絡み合っているのだと思う。
収入が不安定だったり失業したりすればやっぱり精神的に揺り動かされると思うし、結婚は基本的にだいたいの人間がしたいのだろうと思われる+周囲の余計なコメントを寄越してくる人たちや世の中の風潮のおかげで、適齢期になってもなかなかそちらへ人生が進んでいかないとこれまた精神がグラグラしてくる。
それって大きさは人それぞれではあれど誰もが感じる事なのでは。
そうとも限らないのかな。
家庭を持ちたくないという人も時々見かけるけど、結婚が人生の優勝的な位置にある人はわりといるような気がする。
で、なんだっけ。
前の職場の他部署の主任は毎朝4時半起きだと言っていた。
言動がいろいろとチャラいけれどその事実だけで一気に尊敬の念が増した。
今、午前4時半。
はぁ…カッコイイですよね毎朝4時半起きで出勤。
まあ定時が16時半だったりしたけど残業になる日も多々あるだろうし繁忙期なんかは大変だろうし。
まあでも、私もまた私で頑張りますのであまり人と比較しすぎて落ち込まないよう。
唸る雨、吠える夢
価値観が同じで尚且つ知識が豊富でそれを提供するのが上手い人の話は本当に面白い。
最近の人生の動き方、それから今日、いろんな事を重ねて改めてなるほどね…って気づいたね。
あとは新しいことを知るのはやっぱり面白い。
今までまったく知らなかったことを知れた時、染み込むような生きているのが楽しいという感覚があった。
そういう知識欲みたいなのはまだあるんだね、良かった。
前髪が伸びてきたので切った。
前髪はほぼセルフカット。
前髪カットのためだけに美容院に行く手間が謎すぎる。
派手な失敗をしたと思ったこともないし、少しくらい切りすぎてもすぐ伸びてくるし。
中学生の頃から今までずっと。
全体を斜めの形に切るとか、ガタガタでもそれが楽しいとか、そういう遊びの延長的なところがある。
21〜24くらいまでワンレンのセンターパートだった。
たまにまた伸ばそうかな、と思うけどやっぱり切っちゃうね。
外がすごい雨だ。
どうどうどうどう、って感じの音がする。
そっちは落ち着くのだけど今日もまた寝るのが怖くて精神が暴れる。
家族がみんな生きていること。
誰も死んでいないこと。
それだけで全然くだらない日々じゃないって、幸せな日々なんだって、昨日ふと気づいた。
ここで雷が鳴る。
雷は面白いと思うので盛り上がってくれて構わない。
もう終わり?
みんなきっと必ずいつか死んでいくことが悲しく思えた昨日と今日に。
光の帯を探す
何も特別な理由なんていらない。
眠りにつくまでの間、5分の日もあれば3時間の日もある。
その振り幅と感情の振り幅は同じ。
眠れないから死にたいって、随分極端ねみたいなことを以前言われたけど、じゃあ5分と3時間の差を何年も繰り返してそれでいてなお眠る前に笑顔でいられます?と聞きたい。
臨床心理士さんに言われたので不眠症でも私みたいな極端な思考になる人は少ないのかな。
今日はあんまり考えずにベルソムラだけしか飲んでいなかった。
だからいつまでたっても眠気が来なかった。
気づいてさっきサイレース2mgとアタラックスPを2錠飲んだ。
毎日、どの程度の量で眠れるかはすべて賭けで、それを何年もやっていると睡眠が憎たらしくしかならない。
暗い話ばかりね。
昨日のクリスマスから逃げたい話、後々考えて本当にただの根性なしだなあと。
根性なしは根性なしなりに、生きる術を見つけていかなければ。
自分のセールスポイント、まったくないわけではない、書かないけれど、ただそれでどこまで行けるのか。
取り壊されたアパートの話をここしばらく呟いているけど、前回(?)はあの部屋にもう彼が住んでいなくて空っぽだということがしばらくは信じられなくて、どちらかというと結婚していたことよりそちらの方がショックが大きかった。
あの部屋に対する想い入れが強すぎる。
それもそうよね、だって私たちは。
ブログはTwitterより人が見ていないので心置きなくポエミーなことが書けて良い。
低すぎる柵
調子が悪い。
なのにあんなメール、悪夢を見るのも当然といったところか。
私が死んだら…って考えることも家族のためには大切だけど何も考えずただ線路に立ち尽くして向かってくる電車をぼんやりと眺めていられたら。
気づいたら私のつらさは跡形も無くなってるってわけ。
無くなったことにすら気づかないんだけどね、だって私がもういないから。
ロフトベッドにしたのは間違いだったかもしれない。
上り下り、生活に面倒くささをわざわざ取り入れてしまった気持ち。
未だに低すぎる柵から落ちそうな気配もない。
30時間寝てしまった時、ベッドの上にあったものはすべて落下していたけど、私本体はしっかりベッドの上にあった。
元から持っていたマットレスの厚みがかなりあるせいで柵がほとんど役目を果たしていないように見えるけど、それでも未だ私は落ちそうにすらなっていないし、まあ落ちたところで打ち身程度だろうけど。
三ツ矢サイダーでアタラックスPを飲み、ついでにベルソムラも飲んで、私は誕生日に蓋をする。
32歳なんて、江國香織の小説に出てくる不幸そうな女の人のイメージしかない。
それはやめよう。
ところで、バイトを辞めようと改めて決意を固くしたのは、今年のクリスマスが大変憂鬱な日々となりそうだからでした。
サービス業なら仕方ないのか、それにしたって去年はケーキにチキンに最近のコンビニはいろいろとやりすぎだけど、田舎だから他にケーキを買うったって知れてるしだからそこそこ予約が入るのかしらね。
チキンもさ、わざわざ骨つき肉食べなきゃいけないわけ?ってウンザリするけど売れるわ売れるわで揚げるの間に合わなかったから。
今年もあれが、しかも3連休となって押し寄せるのかと思うと、さっさと退散した方がとなってしまった。
生きるのは大変だ。
線路のことを考えながら寝よう。
いつかみたく雨ならきっと泣けてた
何年も長い文章を書いていない気がしてこわくなったので書くことにした。
でもこのブログ、3回くらいは記事を書いたはずなんだけどなぜか残っていない。
おそらく自分で消したのだと思うけど。
最近思うのは、長く文章を書くより長く話す方が楽であるという方にかなり傾いているなということ。
書いても書いても気持ちが晴れないことは多々あるけど、話していると(一方的にであれ)なんとなく気持ちの落ち着きを取り戻していることがわりと多い。
ところで眠気がぼちぼちきているけれどなぜか精神が荒ぶって眠るどころではない、などということがたまにあり、今がそれ。
謎のイライラに近いものがずっと渦巻いているため入眠できず。
こういう時どうすればいいのか、何かを書き殴っても意味がない。
レキソタンもデパスも残っていないので仕方なくワイパックスを2mg飲んだ。
ワイパックスはこれ以上飲むと逆に精神に悪影響を及ぼすのでこれが限界。
誰かと喋れば気がまぎれるのかもしれないけれど、残念ながら深夜0時半。
イライラは止まらず、ロフトベッドから落ちてみたくなる。
落下欲は6年ほど前からずっとある。
それ以前はそこまでなかったけれど、うっかり川に落ちて骨折したことですべてが始まった。
蛍を見に行った先で落下したその結果を、私はいつまで引きずり続けるのだろう。